中屋敷地蔵尊 現在の写真 昭和30年 中屋敷地蔵尊の様子 白兎の中屋敷にある地蔵様は慶長年間(1600年頃)京都から山伏が来て、中屋敷の横澤仁左衛門家と小豆沢の茂兵衛家に泊まりました。仁左衛門家では遠くから来た山伏ですから親切にもてなしました。山伏は背負ってきた2体の地蔵様の内1体を仁左衛門に渡し、お前の家には、子どもが居ないからと、子育て地蔵を授けました。それが中屋敷の子育て地蔵だといわれています。また中屋敷地蔵堂には勧進代里巻の名工長谷部吉之助が1本の木から3体の地蔵尊を彫り、そのうちの一体を祀ったものといわれております。 中屋敷は、その名の通りに堀がめぐらされ、長屋敷であったと思われますが記録は残っておりません。