宥日上人産湯の井(いど) 現在の写真 昭和30年 宥日上人産湯の井の様子 新兵衛家の女中おかまの生んだ男の子は、鈴木彦蔵家の後ろにある泉で産湯をつかったと云われています。 この男の子が後の宥日上人(ゆうにちしょうにん)で火伏せ祈祷の名人ともいわれ、いろいろな鎮火の伝説が残っています。 室町時代はかやぶき屋根の家がほとんどで火事になると何軒も焼けてしまう時代でした。宥日上人産湯の水は“火伏せ”の霊験があると信じられ、その年の最初の壬辰(みずのえたつ)の日にその水をもらい屋根にかける習慣は今も残っています。