致芳ふるさとめぐり - 西五十川(にしいかがわ)

致芳小学校や致芳コミュニティセンターやレインボープランなど公共的な施設があり、致芳地区の中心地でもあります。名門平吹家関連の史跡や、上杉鷹山公が養蚕を奨励するために苗木を与えたものの1つと伝わる「大桑の木」も現存しています。また、主に蘊安(うんなん)神社で披露される「五十川獅子踊(いかがわししおどり)」は、長井市無形民俗文化財に指定されています。

2021年撮影、致芳中学校跡地の写真

現在の写真


昭和30年 致芳中学校の様子


昭和22年4月30日(1947年)新学制によって長井村立致芳中学校が開校、致芳小学校の一部を校舎としてスタートしました。
初年度は新入生だけが9年間(小学校6年、中学校3年)の義務教育を受けるもので、2年生、3年生は高等科の1年、2年を修了した人のうちの希望者だけでした。

苦しい村の財政の中で、校舎の新築と設備の充実は大きな問題でした。その年の11月14日、学校林を伐採して五十川の蛇塚に新校舎の建築に着工、翌年421坪(約1389㎡)の総二階木造校舎が完成しました。建築費は120万でした。2年後雨天体操場、保健室、集会室、音楽室などを増築しました。開校時の生徒数309名、7学級、教員15名でした。

町村合併によって長井市が誕生し、学校も長井市立致芳中学校になりました。生徒数は28年の430名、9学級が最高でその後年々減少、昭和56年(1981年)には149名、6学級でした。以前から市内の中学校を統合して南北2つの学校にしようという案がありましたが、市議会でも議決し用地も決まって工事が始まりました。

昭和57年春に南北の新校舎が完成、4月6日にそれぞれ開校入学式が行われました。致芳中学校は取り壊されましたが跡地には「致芳中学校跡地」という記念碑が建てられました。


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