袋地蔵尊
色摩家は北部五十川村の有力者で伊達家の家臣となりました。伊達晴宗は色摩一族に館を築かせ北の家、西の家、東の家を配置して、雲雀野で兵馬の訓練をし、北の鮎貝氏に備えたのでした。
色摩家では屋敷神として地蔵様と十二神将を祀りました。天正19年(1591年)色摩七之助は伊達政宗に従って仙台の岩出山に移り、弟の門兵衛がここに残ったといわれています。
地蔵様は、子育て地蔵として親しまれてきました。善三郎屋敷には古い笈があって、その中に観無量寿経と無量寿経という二部の黄色の経本が納められています。「天正2年色摩七之丞祈願所なり」と書かれています。経本が黄色いのは虫が食わないように、キワダの樹液を塗ったもので昔の人の知恵です。地蔵様のお祭りは12月24日です。